2024年(令和6年)4月6日、新年度初めにあたりブログを始めます。
皆さんはじめまして"こいし"と申します。
このブログでは50代後半に差し掛かった平凡サラリーマン、道の端に落ちている、なんの害も無ければなんの役にも立たない、小石の様な私が経験した
- 人生のターニングポイントでの決意
- 遅過ぎた?自己投資としての勉強
- 老後の為のお金の話し
- 国家資格の活かし方
この4項目について、自身の経験と考えを書いていこうと思います。
同じ様な年代や境遇の方に読んで頂き、50歳を超えたこれからのご自身の人生について、何かのヒントになれば嬉しいです。
30年以上のサラリーマン生活
さて、私のこれまでの30年以上に渡るサラリーマン生活ですが、常に必死に、自分のやるべきこと、やれることを精一杯やり続け、あっと言う間に過ぎて行きました。そして気が付くと50代後半になっていました。
22歳で就職したときからずっと夢だった
- 外資系企業で働くこと
- 自由に世界中を旅すること
- 世界を舞台に働くこと
- 海外に住むこと
- 外国人と自由にコミュニケーションが取れる様になること
すべての夢を次々に叶えることが出来ました。
必死で働いてきて30数年、海外勤務や地方勤務を経て会社では順調に出世し年収もアッパーマス層程度まできました。
本当にあっと言う間の30数年で、
しかし、50歳を過ぎてみると次に出来る事は限られていると感じました。今の会社でこれ以上出世すること、50歳過ぎてからの転職や今の年収以上の職業を求めることは難しいだろうと考えました。よく言われる
「自分の限界が見えてきた」
状態です。
今までのサラリーマン生活はまさに夢の中に居ました。
とにかく必死で働き、高みを目指し、自己投資も積極的に行い、30数年間給料明細を見ることすらしていませんでした。
働く事は生活の為、給料の為ではなくて、自己実現の為だったのです。
こんな風に書くと金銭的に恵まれたエリートみたいですが、そんな事は全く無くて、両親は私が中学生位に離婚し、母親だけが家族5人の生活を支える、どちらかと言うと下層生活でした。(自宅とある程度の残された資産があったので貧困では無かったですが)
学歴も高校生時代から遊びほけ、ロクに勉強もせずに専門学校を出るのがやっとでした。
そんな生い立ちや学歴は、今考えると自身の劣等感として心に刻み込まれ、それが30年を超えるサラリーマン生活の糧となり、誰よりも努力することができ、チャレンジを継続でき、夢を追い続けることができたのではないかと思います。特別な能力や学歴、恵まれた家庭環境や資産も無い私がただ唯一人に誇れるものがあるとすれば、それは「自分の仕事に心血を注ぎ、努力を継続してきた事」でしょうか。
そんな私が50歳を過ぎて、親を亡くし、夢を達成し(夢を失い)、初めて給与明細を見ることになり、老後を考え始めると同時に人生の目標が無くなり、惰性で生きる日々の中
「このまま定年まで変わらない日々を過ごすのだろうな」
と考え始め、初めて惰性で仕事に取り組んでいた頃、人生が大きく変わる出来事が起こりました。
(続く)